どうもこんにちは、犬の散歩をしてきたMENS GAMAZINEの管理人です。老犬だからか、トイレを済ますまでに時間が掛かり過ぎてかなり大変になってきました。

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そんな話はさておきに、今回は「作文の書き出し」について私なりに情報提供してみようと思います。


私の感覚で言うと、書き出しだけが不得手でその他、内容に関しては全然問題なくスラスラ書けるし、面白く書けます!・・・なんて人はいない気がする。


結局、書き出しが苦手なんて言っちゃってる人は、中身も苦手だし、ラストも苦手なんじゃないだろうか?


だから一番、効果的な対策は、自分の思ってることを速やかに文章化できるようにすることである。


武井壮もラジオ番組の中で言っていた。どんな競技でも、その競技のトレーニングをする前に武井壮を使いこなす練習をする、みたいなことを。


つまり、自分の体を自分で思ったようにコントロールする技術のトレーニングである。それができれば、どんな競技にチャレンジしようとも、全体的な身体能力の底上げが成されているので、専門技術を学ぶ前に、「もう出来ている」状態が完成する。


作文も全く一緒。書き出しがどうだとか、そんな瑣末な問題は、頭にあるイメージを的確にコントロールして文章に落とせる力さえあれば、悩む必要すらなくなる。


・・・ことを前提に、作文の書き出しのコツについてお伝えしようと思います。

作文の書き出しのコツ

上でお伝えしたように、書き出しで悩むような人は総じて文章力が低いので、そこを改善することが近道だと思っています。


ただ、皆が皆、作文や文章表現に対して熱意を持ってるわけではないでしょう。また一朝一夕で文章力が上がるわけでもありません。


なんとなく、こうすれば、それなりに良い書き出しとして完成するような策を求めているのだろうと思うので、そこを追究してみようと思う。


【どんなパターンが考えられるのか、考えてみる】

実際にあなたがこれから書こうとする作文について、直接パターンを検証しても良いだろうし、何か簡単な話を想像してそれについて、どんなパターンができるか検証するのも良いだろう。


例えば、「ご飯は誰と食べるかによって味が変わる」みたいな作文を書くとしよう。


その際の書き出しは、


・台詞から入る

・問題提起から入る

・結論から入る

・エピソードから入る



などが考えられます。


【台詞から入る】
「なんだぁ、お前ん家の弁当、ブタの餌みたいだな」転校して三日目のことだった。私の弁当は唐突にブタの餌扱いを受けた。

【問題提起から入る】
皆さんの中で自分のお弁当を馬鹿にされた人がどれだけいるだろうか?

【結論から入る】
どんなに質素なご飯だろうと、一緒に食べる人間の愛情は、それを途方も無く味わい深いものに変えてくれる。

【エピソードから入る】
弁当の白米を乱暴に握りしめた私は、仲間と共に私を嘲笑している◯◯君に向かって思い切り投げつけた。


かなり、適当に例文を書いてみました笑。こんなんで良いのか?と思われる人もいると思いますが、私はこんなんで良いと思ってます。


なので「書き出し」が書けないと悩んでいるあなたがまず、すべきことは、手を動かして「書き出しのアイデア」を羅列する作業です。


あぁ、こういう書き出し方もあるか、こうでも良いか・・・とパターンを羅列する中で、段々見えてくると思います。このパターンなら、まぁ、しっくり書けそうかもと。


何事もそうですが、出来ないことに直面した際、「できないできない」と現在地で悩んでいても解決できない場合が多い。


そんな時は、“出来ない⇒出来る”に向かいそうな行動を取って現在地から動くことをオススメします。


最初の地点からでは、ゴールが遠すぎて見えないので、考えれば考えるほど悩みは広がっていくばかり。そんな時は行動してゴールへの距離を自分の力で少しずつ縮めよう。


そうやっていれば、次第にゴールの姿がハッキリしてきて、こうやったらできるかも?と言った解答が自分のなかに出来上がってくると思います。

作文コンクールの書き出しを見てみよう

「作文 コンクール」で検索をしたら、第35回全国中学生人権作文コンテスト入賞作文集が一番上に表示されました。


作文コンテストで入賞するような作文は一体、どのような書き出しをしているのでしょうか。


【知るということ】
この夏,私たち吹奏楽部は,中学校生活最後になるNHK合唱コンクールに出場する。私たちの学校では,毎年恒例の曲を自由曲として選曲し,練習を重ねている。それが「呉ふるさと讃歌」である。

【大島青松園を訪れて】
「差別」という言葉を聞いたとき何を思いうかべるだろう。私はこのハンセン病問題の人権学習を通して「差別」の本当の怖さを知った。

【ぼくの生きる道】
ぼくは障害者だ。なぜって?わからない。生まれつきそういうことになっていた。今は何とか歩けるが,体のバランスを取るのがすごく難しいし,字が書けないという致命的なハンディキャップを抱えている。

【人として生きる】
戦後七十年の節目となった今年の夏は,観測史上初の猛暑を記録して,全国の人々は暑さで苦しめられた。七十年前の夏はどうだったのだろう。終戦を迎えた夏は,暑さだけではなく,深い悲しみが人々の心身を苦しめたことだろう。戦争という悲劇から,基本的人権について考えてみようと思う。


どうでしょうか。参考になっただろうか。どの作文も賞を受賞するような作品なので、文章力は基本的に高い。だからあまり参考にならないかもしれない。


このなかで私が最も良い書き出しに見えたのは、「知るということ」です。


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理由は、まず消去法で「大島」と「人として」は消える。根拠は、大島の方は、なんだかよく分からなくないか?


何を思い浮かべるだろう?と振っておいて、差別の本当の怖さにつなげるのってなんか、ずれてる気がする。


何をと振っているんだから、続きは、”何か”だろ。「本当の」が余計だと感じる。論理的じゃない。


本当の怖さを知ったと繋げたいのであれば、振りの時点で、差別の怖さについてどれほどの認識なり理解があるか?という疑問を提示すれば良いだけだ。


「人として」は、なんかピンとこない。暑さだけでなくとか言っているが、終戦で落ちている心に暑さなどかんけーあんのか?と思う。全然、釣り合いが取れてない。


私だったら、そんな暑さ以上の苦しみや悲しみとして、終戦の心を表現したいと感じる。「暑さだけではなく」なんて書かない。今年の出来事とどうにかリンクさせたいと思ってるのだろうが、効果的じゃないテクニックは寒い。


その点、「知るということ」と、「ぼくの生きる道」は甲乙つけがたいくらいどちらも良い。シンプルかつ、続きが読みたくなる書き出しになっている。

まとめ

作文の書き出しのコツは、どんな書き出しが考えられるか?自分の頭に問いて、それを書き出すことです。この記事内では、4つほどパターンを提案していますが、あなたが考えれば更に別のパターンが出てくると思います。


色々考えて、自分がしっくりくる書き出しを書けば良い。


そして重要なポイントは、続きが読みたくなるかどうかです。是非、意識して取り組んでみてください。

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