どうもこんにちはMENS GAMAZINEの管理人です。

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さて今回は、人権作文をパクリで終わらせようとしている学生に向けて、愛のビンタをお見舞いしてやろうと思います。

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こんな感じで。

 

当ブログではこれまで、

 

・どのようにしたら文章が書けるようになるのか

・どのようにしたらパクってもバレないか

 

2つの立ち位置から、情報をお伝えしてきました。

 

なので最後は、パクリはダメだという意思を、理由と共にお伝えしておかねばなるまい。

 

人権作文をパクることが問題ではない

私は、人権作文だろうが何作文だろうが、コピペで提出する行為自体は特に問題ではないと考えています。

 

問題は、この程度の作文を自力で作れない文章作成能力の無さだと認識しています。

 

今後世の中は、自分の文章で情報発進できる能力だったり、自分の言葉でお話ができる能力が必要とされ、評価される時代に突入していくと思います。

 

もうとっくに突入しているのかもしれません。

 

特別自分なりの表現など意識せず、進学して就職して、会社に入れば一生安泰、なんて言う時代は、それこそとっくに終わってます。

 

だから私は、今後もっと自分のイメージや言いたいことを的確に文章に乗せられるようにしたいと思うし、同時に、声帯を使ってきちんと自分の話を聞かせられる人間になりたいと思っている。

 

だから、パクって楽することは全然構いませんが、一度考えてみてください。

 

自分が思ってることをどの程度、文章で伝えられているか。

 

自分の考えていることをスムーズに、言葉にして他人に伝えられるスキルは身についているか。

 

「それな」とか言ってみたり、「なんとなくそう思う」だとか、うざい、死ねだとか、中身の無い短絡的なやり取りしか、出来てないんじゃありませんか?

 

そういった現状の先に、幸せな未来は絶対にやってこない。

 

人権作文パクリで済まそうとする人へ語る[文章を習慣化する意味]

毎日、目標について日記を付けていたりする学生は、どれくらいいるだろうか。

 

またその目標を達成させる為の「行動」を明確に書き記し、更にはその目標から逆算して残りの日にちを数えて記している学生は、どれくらいいるだろうか?

 

おそらく、ほとんどいないんじゃないか。

 

もちろん、私の学生時代もそんなことはしてこなかった。

 

しかし、サッカーの本田圭佑選手は小学生の頃から、爺さんに勧められて書き続けていたらしい。

 

記者の前、テレビの前、日本語であれ英語であれ、自分の言葉でしっかりと話をする本田圭佑。

 

あの能力が形成された裏には、日記という形で文章を書き、自分と向き合ってきた日々の積み重ねが絶対に影響している。

 

考えがまとまらなくなる。一貫性がない。三日坊主になる。

 

発想力がない。言いたいことがちゃんと言えない。

 

これら現状の自分に対して、マイナスイメージを持っているのなら、是非、日々の文章化を積極的に取り入れて欲しいと思う。

 

上の色々なマイナスイメージですが、実はどれも、私が学生時代に抱えていた悩みだったりします。

 

あ、発想力に関しては違う。

 

唯一、自信を持っていた。

 

頭の中には色々なアイデアがあった。

 

目を閉じれば次々に色んな画が想像出来た。

 

しかし、それを他人に対して表現する段になると、まったく上手くいかなかった。

 

馬鹿なんだな、しょうがねえかと適当に開き直り、いい加減な学生生活を送っていたように思う。

 

その後、mixiが流行り、妹に勧められて人生で初めて日記を書くことになった。

 

全く何も書けない現実を知る。23歳の時だった。

 

恥ずかしかった。日記なんて誰でも書けると思っていたし、その気になれば、別になんでも書けるだろうと高をくくっていたからだ。

 

4行書くのに1時間くらい費やしただろうか。

 

書いては消し、書いては消しを繰り返し、ようやく悟るわけです。

 

これは、ちゃんと本腰入れて修練をしなければ、どうにもならんなと。

 

当初の目的は「日記をちゃんと書けるようにする」だった。

 

文章を書くことが、思考力を形成したり、考えをまとめる力に結びつくなんてことは、知らなかったし意識もしてませんでした。

 

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気色悪い程に独特な文章で日記を書いていた、見ず知らずの女子大生の文章に惹かれて、時間を見つけては、その文章を書き写し、更にはその子にコンタクトを取り、どのような本を読んでいるのか?

 

聞いてみたりした。

 

ジョン・ファウルズというイギリスの小説家のコレクターという作品を勧められた私は、1週間ぐらい書けてなんとか読み終えた。

 

女を拉致して監禁する話だった。

 

なぜこんな本を紹介してきたのか。

 

私は今監禁されているような状態なの・・・だからどこかに連れだして!

 

というメッセージなのか?とアホな私は妄想をする。

 

とにかく長い間、まともに読書もしてなかった私は、本を一冊読むのにも膨大な時間をようした。

 

その一冊をきっかけに、日記を書くのと並行して本を読み始めた。

 

当時の私は知らない知識をネット検索する、なんていう習慣はなく、どうしたら日記が書けるようになるだろう?

 

と自分で考えた末に出した結論だった。

 

たくさん読めば、語彙やその他身について、実際に書く際の助けになるだろう。

 

根拠はなくざっくりとした判断だったが、あながち誤りでも無かった。

 

23歳とまだまだ若い私の脳味噌は、強い意思に引っ張られるようにして、みるみる能力を高めていく。

 

2005年の夏頃からmixiを始めたのだが、年末頃には、比較的すらすらと日記が書けるようになってきていた。

 

人権作文パクリで済まそうとする人へ語る[文章が書けるようになって気づいた点]

4行に1時間を掛けていた自分が、ずらりと言葉をたくさん並べて埋め尽くすことができる。

 

スクロールしなければ見切れない程の日記を書けるようになった自分が嬉しかった。

 

このような成長、達成感は、サッカー以外では初体験のことだった。

 

そうやって、文章が書けるようになって気づいた点がある。

 

友達と話していても、ちょっとまとまりをもって話ができるようになった点だ。

 

以前だったら、ドラゴンボールの孫悟空のように、「・・・まいっか」と投げだすようなことをしていたが、一応、最後まで着地させるというか、それなりに組立ができるようになっていた。

 

本を読んだこと、日記を書けるように練習したこと以外、特別何もしていなかったのだから、因果関係は明白じゃないか。

 

そうか・・・本を読んだり文章を書く行為は、自分の能力を引き上げてくれるんだ!

 

と二十歳を過ぎてようやく気付きました。

 

今までさんざん親や教師から「本を読んだ方が良い」と言われてきたけど、ずっと無視してきました。

 

だって何が良いのか、さっぱり分からなかったからです。

 

大変だし面白くない。漫画の方が楽しいぜ。

 

もしあなたが、特に文章を書いたり本を読まなくても、現状困ってなければ、要らないのかもしれない。

 

思考を文章化しなくても、頭の中だけで完結してそれを言葉にして表現できるよと、自信を持って言えるのであれば、私がしたような努力は要らないでしょう。

 

けれど、なんか上手くハマらない。

 

すぐに、どうでもよくなって投げ出しがちな人は、是非、読書をして文章を書いてみて欲しい。

 

少しずつだが、確実に変化があなたの身に訪れるはずだ。

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