どうもこんにちはMENS GAMAZINEの管理人です。久方ぶりに「いじめ」をテーマに記事を書き進めていこうと思います。

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当ブログでは既に、


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人権作文の1題材として、イジメ問題を取り扱ってきました。イジメを無くす方法と、例文を読んでも書けないよ〜という主張を2つの記事それぞれに書き記している。


この記事では、イジメ問題に関するネタがない中学生に向けて、どのようにしてこの問題を作文として仕上げるのか?その方法をお伝えしていこうと思いっている。

いじめのネタがないとは

いじめたことがある。いじめられたことがある。このように自分が当事者になった経験があれば、その時の経験を元に作文を書けることでしょう。


また、クラスでいじめが行われていれば、其の様子を踏まえて持論を展開することもできるはずです。


しかし、中にはそのような経験とは無縁のまま、中学生になった学生もいるはずです。または、そこまで痛烈な印象となっていないので、作文を書こうにも、何を書いたら良いか迷っている学生もいることでしょう。

いじめについての作文を書くのなら

いじめについての情報を収集しよう。これはイジメ問題に限らず、作文を書く上での基本的姿勢です。


好きな女の子が出来た場合、いきなり、おっぱいを揉まないくらい当たり前のルールです。


テーマについて知らないと、書くのは難しい。その状態で書くには、想像力を働かせる必要がありますが、ハードルはグンと高くなりますし、何より見当違いの内容になる可能性も高いので注意が必要。


何も知らない状況から想像力を働かせるよりは、しっかりと情報を収集して自分の中に知識が詰まった状態で作文を書いた方が、圧倒的に良くなります。

いじめについての情報収集

情報収集の方法は色々とあるでしょう。関連する本を読んでみる。ネット上で検索する、大人から話を聞いてみる。など色々です。


私はネット上で情報を収集して見ました。


その中で見つけたのは、「愛知・大河内清輝くんいじめ自殺事件」です。この事件で特徴的に感じたのは、被害者が書いた遺書の全文が残っていたことです。


私はそこまでいじめ事件に詳しいわけでもないので、遺書が発見され、それを読める状況にある事件がどれほどあるのか知りませんが、


いずれにせよ、そのような書物に触れる経験は無かったので、新鮮な感覚を覚えた。


その遺書を読んだあとに、「子をなくした父として」というテレビ番組のやり取りを活字に起こしたものを読んだ。


事件発生から11年後。作家の重松清さんが被害者男児の父親の元を訪ねて今の心境を聞くというものだった。

いじめについての作文を書く準備ができました

過去に起こった悲惨な事件を知り、遺書を読み、11年後の父親の心境についても読みました。


この時点で、調べる前の、ネタが何もない状態と比較すれば随分と前進していることになる。


ここからは、それら得た情報を元に、どのような流れで作文を書くかを決めなければなりません。


あなたは無人島に漂流した。


手元には一定量の木材とロープがある。それらを使って何を作るかによって状況は大分変化する。


椅子を作れば、のんびりと座っていられる状況が作れます。流しそうめんの装置を作れば、そうめんがあればなぁ・・・と欲求不満になれます。筏を作れば、無人島を脱出して冒険の旅に出られます。


作文も、手元にある題材をどのように料理するかによって、内容は随分と変化するので自分が何を書きたいかを、書き始める前にしっかりと吟味する必要があります。

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いじめについての作文

上で得た情報を元に私が感じたことを最後に、少しまとめておきます。


遺書から始まる情報収集の中で、一番顕著に感じたのは、熱量の欠落です。親父にも子供にも、私は熱を感じませんでした。


遺書を読んでも、これが本当に死を決意した者の文章か?と思うほどに、どこか呑気というか平坦に見えた。


あいつ、呪い殺してやる・・・絶対に許さない的な怒りとか、悲しみとか、苦悶などが文章から感じられない。文章が拙く、起きた出来事を並べているからそう思うのかもしれませんが、何かが麻痺しているような印象を受けた。


いじめられっ子たちから100万円以上のお金を奪われている事実も不可思議だ。まだ中学生になったばかりの彼に、なぜそれだけのお金を出せたのか。なぜ親はお金がそのように奪われていってる状況に気づかないのか。

重松:そこまで酷いいじめだった、というのは、これは遺書をご覧になるまでは
 
大河内:わからなかったですね。だからほんとにいろんなことがあるもんで、「大丈夫か!」って。「お父さんも一緒に学校へ行こうか」だとか、「なんかあったら言いなよ」ということは、常に言ってきたんですけども、それは自分の表情にも、言葉の中にも、一言も言わなかったですね。逆にいえば、この遺書を見て、「あ、こんなに耐えていたんだ」というのが、頭の中に実感として湧いてこないんですが、ほんとにもう「あ、そうなんだ」というのがパッと通り過ぎていった、といいますかね。


おそらく親父は、自分の思いを言葉にして伝えることは、決して得意な方ではないと推察する。


上の受け答えを見るだけでも、そう感じる。要領を得ない。結局なんなんだか分からない。おそらく子供も気づいていたことでしょう。よく分からない、頼りにならない、と。

重松:それまで「何故打ち明けなかったんだろう?」と、今お考えになりますか。
 
大河内:私が思っているのは、多分、彼自身「自分でなんとかしよう」という気持があったと思うんですよね。その中で、「自分だって多分なんとかできる」。そういう気持でずっといたと思うんですよ。おそらくそれは考えると、自分にかえってみても、だんだん大きくなっていた過程の中で、「いろいろなことがあっても自分で処理しなくちゃいけない。自分でなんとかしなくちゃいけない」という気持というのは、みんな持っている気持かな、という気がしますし、多分彼自身も、こうなっちゃったんだけど、自分で、という気持がずっとあったと思うんですよね。だからお金にしても、こうやって渡しちゃっているんだけども、それはいつか返すよ、という。「自分で」という気持の中で、やっぱり言えなかったのかな、という気がしていますね、それは。


なんなんですかねこれは。悪人ではないのだろうが、結局この人は、父親に成れてなかったというように見えてしまう。


自分でなんとかしようという気持ちが芽生えた理由は?あなたたちが頼りにならないからでしょう。なぜそこに気づかない。自分でやろうとしてしまったんだな・・・とトンチンカンなことを11年も経ってまだ言っている。


それから私の感覚だと比較的、父親ってのは教育に無関心なケースが多いです。だからどちらかと言えば、このような取材だって母親が登場しても良いものだが、出てこない。悲しみを思い出しくないからかなと思ったがそうでもない。


その根拠は、事件発覚当時の新聞の見出しを見ても、「恐怖!父にも本音明かさず」といきなり、父が前に出てきている。母は何をしていたんだろう。母の姿が一切見えてこない。何を見てたんだろう。父親は仕事に行ってる時間の方が多いから、母の方が子供を見ていたはずだ。


父親がこんな感じで、母親もそれ以下で積極的な教育の仕方をしてなかったとすれば、こんな事件が起きても仕方ないように思えてくる。


追記。いじめ作文「こうすれば世の中からいじめがなくなる」



私が考えるイジメ問題の根っこは、親と子供の関係性にある。いじめられる子の場合、親が無関心のケースが多い。



親が無関心であれば、子供は叱られたり、愛情を注がれると言った、普通のガキが得るであろう経験をしていないので、感情表現に乏しく、感受性が養われないだろうと推察される。


結果的に、嫌な目にあってもそれに対して自己表現が上手くできず、言いなりになったりする。


また親が無関心である事実に、子供は気づいている。だから子供は、苦しい状況に追い込まれたとしても、一番そばで見ているべき両親に相談することができずに、更に苦しんでいくことになる。


親が頼りにならないというケースもある。アホでも良い、親なりの解決策を見出し、子供に教えてやるのが親の責任だろう。


それをよく分からない、己の手には負えないと、考えることもなく、担任教師に丸投げしてみたり、時の流れに任せるような発言を我が親がしたらどう思うか。


こいつらには言っても無駄だ。何かをしてくれるわけでも、何か考えを提示してくれるわけでもない。自分でやるしかないのだ。自分でこの苦境と戦わなければならないんだと思うしかない。


元々の知性が高かったり、苦境に立たされるまでに、多くの学びを得ているような秀才であれば、「自分でやる」という強い覚悟の元、早期に親離れをして、普通以上の才能を開花する例もあるかもしれないが、それとは全く正反対の例を私は知っている。


自分でやるしかないのだが、その時点において、其の子はまだ頭が悪かった。何かを一人で解決する自力なんかなく、其の子の頭で考えて行うことは更に状況を悪化させ、悪を増長させていった。


反対にいじめっ子の場合も、親に問題があるケースが多いという。幼い頃からの理不尽な暴力。愛情を持って育ててない。そういった教育を受けた子供が、同級生に対して、普通の接し方をして、思いやりのある態度を取れることの方が、奇跡じゃないか?


私はこのような観点から、起きたいじめに対して、いじめた側が100悪いと罰して、それでいじめが解決するとは全く思ってない。


イジメ問題は冒頭で記したように、親と子供の問題なので、私は親になるためには資格がいる仕組みを要求する。


簡単なペーパーテストではない。心理学などに基づいて、自分本位で子供に対して愛情を掛けられないような親の誕生を未然に防ぐ措置である。


このような方策が施行されたら、しばらくして、その試験についてネット上に情報が漏れることだろう。


結婚して子供が欲しいという欲求に満ちているが、試験をパスできない状況にある阿呆どもが、なんとか、試験をパスする方法を欲すると思われる。


全く・・・試験をパスしたいのであれば、子供が欲しいという気持ちと一緒に、しっかりと子供を成長させるという覚悟を持ち、それに伴う行動を意識すれば良いのに、そんな発想には至らない。どうしょうもない愚か者。


この場合、ペーパーテストのようなパターン化された試験では、この時はこう答えれば点数が取れる。などと暗記して試験を通過する者も続出するだろう。それは望んでない。ちゃんと本質的に、子供に対して親になり、一緒に生きる覚悟のある人間だけを親にしたいのだ。


おそらく、これは実現されない。なぜなら、出生率が大幅に下がるからだ。子供がどんどん増えてくれなければ、多分、日本経済は潤わなくなるんだろう?


イジメ問題を無くす程度のことで、おそらく日本経済を犠牲にすることはしないんだろうなと、政治経済に無知な私でも容易に想像がつく。

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親を選別することが難しいのなら、残された手段は、親になっちまった親を再教育する方法か、子供を教育する方法に限定されるだろう。


その場合、大きなハードルとなるのが、日常的な親の接し方をどうやって目撃するかという点である。


実際はクソみたいな子供への接し方をしているにも関わらず、事情を調べにきた人間の前では、良い子ちゃんぶり、虚偽の報告をしていたのではらちがあかない。


そこで、もうそろそろ、視覚をデータ監理できるようにしても良いのではないか?つまり眼球の中に録画装置、または転送装置のようなものを埋め込むことにする。


こうすることで、監視官が、子供の目や親の目から映る映像をチェックして、客観的な状況を判断することができるだろう。


プライバシーの侵害にもなるだろうから、監視官は、人工知能を搭載したロボットちゃんにやってもらおう。


視覚情報のデータ化と共に、愛情や怒りについても体内の変化からデータを抽出し、怒りだけをぶつけている傾向のある親に対しては、忠告そして改善を要求するようなシステムを整備する。


学校内でのイジメに関しても、視覚情報を監理できれば、何が起きたか?真実は比較的明確になってくる。露骨なイジメは不利に働くので、イジメ発生件数は減るだろうと思う。


露骨で粘着的な攻撃はほぼ消滅していくだろうと思われる。突発的な喧嘩はあるだろうが。


まとめる。
いじめを無くすには、親と子供の関係性が良好であることが必要。


だから、親になる以前に、親になってもろくでもない可能性の高い人間の親化を防ぐ措置が効果的に感じた。


それが無理なのであれば、視覚のデータ共有システムを導入せよ。子供と親の家庭内での状況、学校でのイジメの実態など、不透明な状況が明るみに出る。これの効果は高い。


また、視覚情報だけでなく、親が子供に愛情を注ぐ時の身体変化、怒りをぶつける際の身体変化、またイジメを行う時に生じる身体変化を分析して、心の状態を科学的に分析するべき。


今のは、暴力だったのか愛だったのか、イジメだったのかイジりだったのか。エンドレスで不毛な議論も、脳や体が発する身体変化をデータ化して、詳細を見極めることができれば、もう終わりにできよう。

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